妊娠・出産後記

既にミーが生まれて1ヶ月経ちましたが、しつこく妊娠・出産後記。

妊娠発覚時(2009年4月中旬)から、出産直前までの体重増加は約5kg。とはいっても、アニーを妊娠(発覚)したときの体重と比べると+3kgでスタートしたので、妊娠中にちょうどいい感じに戻ったのかも。
そして、産後は産前の体重に戻り、母乳育児のおかげで産後1ヶ月で-2kgになっていました。あと1kg落として、アニーを妊娠したときまで戻したいけど、そううまくいくかな。

妊娠初期から中期にかけて、鼻のアレルギーがものすごく悪くなりました。完全に両鼻がブロックされていたおかげでいびきがすごかったらしい。何に反応していたのかは全く不明。妊娠前に“妊娠したとしても使える薬が欲しい”とGPでお願いして処方されていた点鼻薬があったものの、念のため薬局で再確認したらあっさり妊娠中は使えない薬だと言われ、結構長い期間ものすごいくしゃみ、鼻水、鼻づまり状態で過ごしました。なかなか辛かったです。

今回の妊娠中、35歳以上での出産となるためにGTTという血糖値を調べる検査を受け、妊娠糖尿病と診断されました。そのおかげで、毎食2時間後に自分で指先に針を刺して採血し血糖値を調べる生活を約3ヶ月続けるハメに。チクッとするだけだとはいえ、一日三回もチクチクチクッとやるのは楽しくなかった〜。
血糖値が上がりすぎると、胎児が大きくなりすぎてしまうので食生活でコントロール。食事で制限できない場合は自分でインシュリンを打たないといけなくなるらしかったので、真面目にやりましたとも。幸いな事に、甘いもの特にチョコレートを食べたくなくなった妊娠期間だったのでそれほど苦痛ではなかったけど。
産後6週ぐらいにまた同じ検査を受けないといけません。この結果が基準値以上なら糖尿病ってことになっちゃうんだっけ。よくわかってない。

そして、今回の出産では縫合をしませんでした!
無痛分娩を選んだ理由の一つは、縫合時の痛みも感じなくて済むということだったのに。
妊娠期間の途中25週ぐらいから始めた会陰マッサージの効果があったのかな?これから出産する予定の方も試してみてはどうでしょう。私が参考にしたのはココ。使ったオイルはグレープシードオイルです。
縫合が無いおかげで、体の回復がぐんと早い気がします。

妊娠中、目立った妊娠線はでなかったものの、産後のお腹は前回と同じく日照り続きでひび割れた地面のようになりました。が、妊娠中にもらった『Bio Oil』のサンプルを試して気に入ったので、一番小さいボトルを購入して毎日朝晩マッサージしてたら、まだしょぼしょぼなりにこちらも元に戻るのが早い気がします。

出産準備品で失敗した事。
帰宅する時用に用意しておいたワンピースが自分が思っていた以上にスリムなものだったため、出産後に着てみたらお腹のあたりがキツキツ!出産したとはいっても、産後すぐのお腹はまだまだ妊娠7ヶ月かっていうくらいポコッとお腹が出ているんだっていうことを計算に入れておくのを忘れていました。。。病院を出てすぐ車に乗って、家に到着したらすぐに着替えたからいいんだけど。

私達はこれ以上子供を作る予定が無いけど、この覚書がこれから妊娠出産する誰かの参考になったらいいな。

| | コメント (2)

出産記録

我が家の新しい家族『ミー』が産まれるまでの記録です。(長いです)

12月9日

お昼頃『おしるし』らしきものがでる。でもアニーのときのと比べると量が少ないのでなんとも判断できず。ちょうどその後でミッドワイフ検診に行くことになっていたので、質問してみたけどなんとも言えないというありきたりな回答。まぁ仕方がない。

その後しばらくしてまたトイレに行ったら、今度は色が濃くなって量は少ないけど少し出血しているという感じだった。
一緒にトイレに行っていたアニーが、黒っぽくなったライナーのシミを見て「マミー、ウ○チでた?」と聞いてきたのが、ちょっとおかしかった。

夜10時頃からお腹が定期的に張り出す。アニーのときと同じでまた前駆陣痛だろうな〜、いつまで続くのかな〜と思っていたけど、最初から結構痛い。(アニーが生まれる時は出産の4日前に前駆陣痛がはじまったのでした。)

一応旦那に経過報告してシャワーに入る。お腹が結構痛くて痛みの波が来るたびに「きたきた〜、いたくない〜いたくない〜」とか言っていた。

シャワーの後で痛みが増してきたけどまだ前駆陣痛だと思っていた私。念のために旦那のご両親にも経過報告をしておく。くれぐれもまだ出発しないでほしいと伝える。



12月10日

1時間後、これは本物の陣痛かもしれないとやっと認めはじめる。旦那のご両親に電話して出発していただくようお願いしたのがちょうど午前0時頃。

この頃に血の固まりがドロッと出てくる。

それから旦那のご両親が到着する予定の2時間半後まで痛みがくる度にギャーギャー言いながら過ごす。

陣痛が始まるまでは、自然分娩でできれば水中出産したいな〜と思っていたんだけど、旦那のご両親を待つ間に、できることならまた無痛分娩にしよう!と堅くココロに決める。(アニーのときも無痛でした。)

2時半過ぎに旦那のご両親が到着。義母が家に残り、義父が旦那と私を病院に連れて行ってくれる。

3時頃に病院到着。担当のミッドワイフに無痛分娩希望をすぐに申告。無痛分娩にするには、子宮口が開き切っていないうちに処置する必要があり、子宮口が開き切った場合は無痛分娩という選択肢は無くなってしまう。痛みに耐えていると、落ち着いて対処してくれているミッドワイフとかがのろのろしているとしか思えなくて「なんでもいいから早くしろ!」という気持ちにしかなれなかった。

最初の内診が4時頃。子宮口は7cmまで開いている。落ち着いているミッドワイフが「もうまにあわないかもしれないわよ〜」などとのんきに言う。

無痛の処置を待っている間、痛みの波が来るとギャーギャー言う私に「そんなに陣痛が来た〜って感じで叫ばない方がいいわよ〜。余計痛くなるから。」と言うミッドワイフ。うるせ〜!!!!!陣痛が来てるんじゃ!!!!!痛いんじゃ!!!!!と思う気持ちを抑えて呼吸を整える。

無痛の処置をしてもらうため車いすで部屋を移動。部屋を変わってからガス&エアーで痛みをしのぐように言われる。こんなものは子供だましだとしか思えなかったし、風邪をひいてて喉がもともと痛かったので、ガスを吸い込むたびに喉がカラカラに乾いた感じになってすごく嫌だった。更に、何かの錠剤(なんだか忘れた)を飲まされた後で気持ち悪くなって、一口ゲロが何度もでそうになった。

実はここで待っている間に、無痛にしなくても産めるかもしれないなという気持ちがふっとよぎる。でも、私の友達に無痛分娩を妊娠中から希望していたのに、使うことができなかった人がいたので、タダなんだし選択肢があるうちは選んでおこうと割り切る。

5時半頃にやっとエピデュラルを入れてもらう。アニーのときより効きがいい感じ。

7時頃、アニーのときと同じく破水しないのでフックのようなもので引っ掛けて破水。

7時半頃子宮口全開になる。アニーのときより早い。

赤ちゃんの心拍数が下がってきていたらしく、(どうやったのかが不明だけど)赤ちゃんの頭に心拍数を測るモニターをつけられ、万が一のときのためにミッドワイフの他にドクターが2人やってくる。

7:50頃からいきみ開始。

10分後の8時ちょうどに女の子:ミー誕生。でも首と体にへその緒がグルグル絡まっていたせいか、なかなか泣かない。ミッドワイフ達が私達の方をみて「大丈夫よ!」と言いながらへその緒をとったりして、少ししてから

「ふにゃ〜」

と弱々しい泣き声が聞こえてきた。そんなに長く待っていたわけではないはずなんだけど、心配度がギューンと上がったので泣き声が聞こえたときは安心感がドッとでて泣けた。

ミーを少しきれいにしてからスキン・トゥ・スキンで抱っこして初めての授乳。私はおっぱいのあげ方忘れちゃってるし、ミーもまだ弱々しいので、何度も挑戦してやっとそれなりに飲ませたようになったのが10時半頃。それまでの間は口の周りにあるものやこぶしにかぶりついていた。そして授乳後スヤスヤと寝る。

20091210_2

いや〜、陣痛があれほど痛いものだってことを忘れていました。

無痛分娩にしたおかげで、いきみを開始するまでの間に旦那がウトウトしていても「寝れるうちに寝てていいよ」と言える余裕がありました。もしも痛みに耐えていたら「寝てんじゃね〜!!!!!」と言ってたでしょうね。

 

産気づいてから出産するまで、アニーのときと比べると自分でもびっくりするほどトントントーンと全てスムーズに終わった感じでした。とにかくいきみ始めて10分で出てくるとは思わなかった!


ミーが産まれてすぐ、ミーの顔を見ながらアニーが生まれたときのことを思い出して、そして新生児ってこんなに軽くて柔らかくてふにゃっとしてて足とかシワシワで細っこいんだっけ〜と思いました。日々の育児と子供の成長の速さで、生まれたての頃のことって忘れてしまっていました。


ミー、無事に生まれてきてくれてありがとう。

これから、どうぞよろしくね。

| | コメント (6)

家族がふえました☆

12月10日 木曜 午前8:00 2960g 女の子

20091210_1

我が家に新しい家族が増えました。

母子共に健康で、出産の翌日に無事帰宅し早速アラフォーの体に鞭打って、寝不足の日々と戦っています。

 


というわけで、出産のときの記録等は私が眠くないときにまた、、、

| | コメント (8)

ほめちぎられる日々

出産レポートに書き忘れたもう一つのこと。

分娩室でいきみを開始してから、私の人生でこれほどまでにほめられたことってあっただろうかと思うくらい、いきむたびに「よくやってるわ〜!すばらしいわよ〜!!」などなど、賞賛の嵐だった。私は無痛分娩だったので痛みが無いにしても、あれぐらい褒めちぎられてないとやってられないよと思うくらい出産は大変。

さらに、産後の助産婦や保健婦の回診でもアニーの体重がどんどん増えていくので「母乳育児もよくやってるみたいね〜。すばらしいわよ〜!!」とほめていただいている。

ママでいることが当たり前になったらこんなにほめられることもなくなっちゃうんだろうけど、出産という大仕事の後は全ての女性がほめちぎられる日々を送る権利があると思うよ。

| | コメント (3)

妊娠線のこと

出産記録に書き忘れたこと

妊娠中の9ヶ月、妊娠線予防のために風呂上がりにマッサージクリームをぬりぬりして見た目には妊娠線が出ていないように見えた。

が、アニーが生まれた後にしぼんだお腹をみてみたら、日照りで乾燥した地面のように、またはミシンで縫い目をいれたようにピキピキと細かい赤い線がへそまわりに出ていた。

出産から約4週間。お腹の皮はいまだぶよぶよのぶるぶるでしわっぽくて象の肌みたいだけど、妊娠線の赤みはもうない。でも皮膚がでこぼこしてて、見るとちょっと悲しくなる。元通りとはいかなくても、もう少し見れる状態になるにはまだまだ時間がかかるのかな。

| | コメント (0)

出産準備品について

約1ヶ月前から、ガイドブックなどを参考に準備した入院バッグ。実際に終わってみたら、準備してなくて失敗したと思ったものがあった。次があるかどうかわかんないけど、自分用にメモ。(日本とは入院期間が違うから、参考にはならないでしょう)

  • 特大ナプキン:しかもスリムとかじゃなくて分厚いやつ。
  • 色の濃いパジャマや衣類:色の薄いのは何かと心配が絶えない。
  • 国際電話用テレホンカード:旦那のご両親に買ってきてもらった。携帯から自分で日本に電話できるから良い。
  • 赤ちゃん用ボディスーツとスリープスーツ2セット以上:どうせすぐ退院するんだろうと思って1枚ずつしか持っていかなかったら一泊することになって、夜中の間にあぶちゃんが初ゲロしたのですぐに汚れた。病院できれいなのを借りた(というか着せたまま帰ってきた)からまぁ良かったけど。
  • 食べ物:分娩が終わるまで食べられなかったけど、終わった途端モーレツにお腹が空いて、かろうじてバッグに入れていたトフィーをちょびちょびかじってエネルギー補給した。ビスケットぐらい入れときゃ良かった。
  • 日記が書けるくらいのノートとペン:ペンは持ってたのにノートを入れ忘れてて、ベッドの上で小ちゃいメモ帳に出産記録をちまちまと何ページにも渡って書き残すことになってしまった。

<用意しておいて良かったもの>

  • iPod
  • カメラ
  • コットン:病院でいくつかおむつはくれたけど、ベビーワイプとかコットンはくれなかった。
  • 使い捨てパンツ:ゆるいからいまいちではあったけど、絶対に汚れるから家に帰って洗濯することを考えたらあってよかった。捨てちゃってもいいパンツがあれば、そっちのほうがいいかも

| | コメント (2)

出産レポート

以下、うちの新しい家族「あぶちゃん」が産まれるまでの記録です。最初に断っておきますが、長いです。

8月18日

午前1時頃
前日の夕方から始まった定期的なお腹の張りに痛みが伴い始めたものの、その痛みの波の間隔が10分〜5分から縮まらないのが続いていたので、ひとまず病院に電話して相談。「鎮痛剤を飲んであと一時間くらい様子を見てください。」と言われたのでそれにしたがってみる。電話の後、妊娠中にも飲める鎮痛剤が無いことに気づき、ひたすら耐える。

午前2時過ぎ
痛みは増した気がするけど、痛みの間隔はそれほど変わらず。病院に再度電話し、これから向かうことを伝える。

午前3時
病院に到着し、バースセンターの一室に入る。部屋にはバランスボール、ビーンバッグ、スポーツジムとかにあるストレッチ用マットみたいなもの、ロッキングチェア、二人掛ソファ、コーヒーテーブル、テレビ、CDプレーヤーなどが置いてある。痛みはどんどん増してきて、まともに歩くのすら辛い。最初の内診で子宮口が4cm開いていることを確認。これが本物の陣痛で良かった。。。バランスボールの上で痛みをしのぐ。

午前5時頃
痛みが強まるとともに出血がひどくなってきた。担当の助産婦さんに相談したら彼女の予想を上回る度合いだったので、赤ちゃんに問題がないことを確かめるために通常の分娩室に引越すことになる。ストレッチ用マットの上で仮眠中だった旦那、あっという間に起こされる。移動してからはベッドの上でお腹に心音と陣痛の頻度を確かめるモニターをつけられ、動き回れなくなってしまった。赤ちゃんには問題ない様子。ここからガス&エアで痛みをこらえ始める。ガス&エアは無いよりましっていうくらいな感じだった。

たぶん7時頃
ガス&エアなんかじゃ痛みをこらえられず「あ”ーーーーーーー!!!!!!!!!!!」と腹から声を出していないと我慢できなくなってきた。最初の内診で、出産が今日の昼頃になるだろうと助産婦さんが言っていたのを思い出し、この痛みにあと5時間も耐えられる自信が無くなる。そしてエピデュラル(いわゆる無痛分娩にするための麻酔)の言葉が頭をよぎる。そしたらもう1秒でも早く薬を入れてほしくて助産婦にお願いする。が、そこで一度その時点での子宮口の開き具合をチェック。病院に到着してから4時間程度で一気に8cmまで開いたらしく、この様子だとあと2時間くらいで赤ちゃんが出てくると言われる。エピデュラルをこれから使ったとして効き始めるのは30分くらい後からだからもう少し我慢してみたらと言われたけど、我慢しないという私の意思は堅く副作用(何人に一人の割合で効かない場合があるとか、頭痛がおこるかもしれないとか)の説明も「はいはいはいはいはいはいはいはいはい」と右から左へ受け流す状態で聞いて、やっと薬を投入。脊椎に太めの注射を打って管を入れて定期的に薬を注入していくようになっていた。普通の状態なら脊椎への注射なんて相当痛そうだけど、陣痛の痛みのおかげで注射の痛みなんか全然へっちゃらだった。

午前7時半過ぎ
エピデュラルが効き始める。さっきまでの痛みがうそのよう。不思議なもので、痛みだけがなくて陣痛がやってくる(お腹が張る感覚)のは感じられる。

いつだか忘れたけどたぶんエピデュラル投入の後、自然に破水しなかったので助産婦さんによって破水。

午前8時頃
旦那のご両親到着。分娩室には旦那の他一人しか入れないので、義母だけ室内に来てくれた。義母の顔を見て安心したのかちょっと泣けた。

午前10時頃
エピデュラル開始してから陣痛の頻度が低下。前回の内診から子宮口の開きにも変化がないらしいので、陣痛促進剤も投入。

午前11時半
陣痛促進剤のおかげで子宮口全開。これから1時間は赤ちゃんが自然におりてこられるところまで待つらしい。

午後12時半
陣痛の波にあわせていきみ開始。頭が見えてきたところを確認した旦那の一言

毛深い!

午後1時28分
「あぶちゃん」誕生。産まれてぬるぬるのままで私のお腹の上に乗せてもらって。着ていたTシャツもぬるぬるになったけど“そんなの関係ねぇ!”という気分。男の子か女の子かは妊娠中知らなかったので、感動している旦那にどっちか確認してもらう。へその緒がブラブラしてて私のところからは全然見えない。女の子だと聞いてちょっとびっくりした。というのも、私の妊娠中の写真を見た人のほとんどが男の子なんじゃないかと言ってたので、なんとなく私も男の子なのかなぁと思いつつあったから。男の赤ちゃんと一緒にいる夢も3回ほど見てたし。結局私が見た夢はあてにならなかったね。

その後は、胎盤を早く出すために注射を打たれ、胎盤が出た後で縫合。エピデュラルのおかげで全て痛みを感じずにすんだ。赤ちゃんをきれいにして、体重をはかってから初めての授乳。これは、なんとも不思議な感覚でした。この時点で、私も昨日の夜から何も食べていないのを思い出し、無事に出産して安心したのかものすごい空腹感に襲われる。
旦那のご両親は私達のうちで待機していてくれたので、面会時間になって私達が病室に入ってからおやつとおっきな花束を持ってやってきてくれた。

エピデュラルを使ったことで足にも麻酔が効いていてまともに歩けないため、今晩は病院に泊まることになった。たくさん睡眠が必要な旦那が昨日の夜からほんの少しの仮眠だけで付き添ってくれていたので、彼にゆっくり休んでもらうためにも一晩の入院はいいことだったと思う。

旦那とご両親は私の体を気遣って、私が病院のまずいめしを食べたすぐ後に帰っていった。私自身は体は疲れていても気分がかなりハイだったし、どうしても日本の母と姉には電話しておきたかったので、日本時間でまだ朝の4時くらいなのを承知で電話。エレベーターホールでしか電話が使えなかったけど、たくさんの人が通り過ぎていっても、パジャマ姿でも、何も気にせず泣いてしまった。

出産はエピデュラルを使っても、“本当に”を100万回繰り返しても足りないくらい大変な仕事だった。痛いのは陣痛だけじゃなく、お産が終わっても続く痛みがいろいろあるし。

でも、何にも替えられない大切な家族が目の前にいるから、今はいつか消えてなくなる痛みも我慢しようと思えます。

以上

追記:妊娠線について

| | コメント (3)

出産報告

20070820baby_2

8月18日、13時28分に2920グラムの女の子を産みました。

母子ともに健康(母はいろいろな痛みに耐えておりますが)で、昨日(19日)退院して初日の夜から旦那と悪戦苦闘しています。

旦那が上の写真の顔を見て日本の女のコメディアンに似ていると一言。。。

思い当たるのは、、、北陽のあぶちゃん。。。

んで、ウェブで写真を探して確認したら意見が一致したところでひとまず顔が変わるまでこのブログでは「あぶちゃん」と呼んでみることにします。成長にしたがって変えていくかも。

渡英から一日一更新してきたこのブログですが、さすがにこれからはそうもいかないでしょう。でも、今後とも続けて行く予定なのでコメントを残してくれる方も、そうでないけど今まで読んでくれてた方も、今まで通りどうぞよろしくおつきあいくださいませ。

あと、この場をかりて直接おめでとうメールをくれた皆様、本当にどうもありがとう!!!個別に返信できるのがいつになるかわからないけど、私達夫婦の新しい家族の成長を遠くから見守っててください。

いろいろあった出産時のレポートはまた後日。。。

| | コメント (5)